三回目の閉関:三界(さんがい)を超える

三回目の閉関:三界(さんがい)を超える

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内地に戻って、広東省翁源県東華寺にやって来ました。

韶関府誌の記載によると、紀元六世紀、南朝の梁天監元年(五〇二年)に、インドの高僧、智薬禅師は海を渡って広東省に着き、翁源県の東華山にやってきました。この山が特別な霊気をもっているのを見て、ここに霊(りょう)鷲(じゅ)寺(じ)を創設しました。隋の時代に戦乱で壊され、唐の時代に六祖の恵能(えのう)が定慧(じょうえ)法師という弟子を連れて、霊鷲寺を復興し、さらに霊鷲寺を東華寺に改名しました。明、清時代に再び戦乱で壊され、ほとんど残っていなかったのです。東華山に「惠能洞」という洞窟があります。当時、六祖の恵能が隠れて修行する時に使われていたところです。六祖が禅杖(ぜんじょう)で洞窟を三回敲きましたが、誰にも、その意味が分からなかったのです。それを聞いた私は、洞窟の中で、一晩を静観し、翌日、「惠能洞」を「三聖洞」に改めました。そして一篇の偈を残しました。


前三後三今又三、慈航倒駕非是縁。
紅塵極楽無両様、蓮花島上示東南。

【書き下し文】

前三後三今また三、慈航の倒駕縁に非ず。
紅塵極楽に両様なく、蓮花島上東南を示す。

【意訳】

三人の師は一人となって、悟りを開いてこの世界にもどるのは慈しみからである。極世界も俗世界も同じであり、蓮花島から翁源県の東華寺を目指す。

宗教局の許可を得て、一九九七年八月、私に臨済宗の法脈を伝えてくださる師匠、台湾の若暉(じゃくき)恩師は、八十歳の高齢を以て自ら東華山に赴き、私のために入関の式典を執り行いました。爆竹が三回鳴りひびいて、三聖洞に封印の紙が貼られました。

再び、万行に修行の機会を与えていただいたことに、十方三世の諸仏と菩薩に感謝し、十方の善男善女に感謝し、そして政府各界の指導者の皆様に感謝いたします。チベットから内地に戻って、数ヶ月も洞窟に居なかったのですが、万行の心は一度も修行を止めたことはありません。足を組んで静座するのは、毎日、少なくとも二時間でした。三聖洞に入ってから、また、毎日十八時間に達するようになりました。入関式典を執り行う前に、相弟子に次のように伝えました。「もし今回、三聖洞で死んだら、万行を洞窟の近くに埋めてください。次に来る修行者の守護になり、東華寺の護法になります」と。

一九九七年に入関してから、約半年のうちに,軽重を問わず血尿を出しています。自分が処方箋を出して、浄人(じょうにん)(閉関時の給仕係)に薬を煎じさせて、飲ませてもらったので、どうにか抑えられました。私にとっては、今度の血尿に対して、まったく気に留めていなかったので、私の気持ちに動揺はなかったのです。

最初の浄人は、東北の吉林省からやって来たのですが、南方の気候に合わなく、しょっちゅう病気になっていました。薬を飲んでもあまり効果がなかったので、一九九八年の夏にかけて、ずっと頑張りましたが、そのような訳で、その同輩には故郷に帰ってもらいました。

その次に、浄人としてきたのは湖北の人です。一九九九年の夏、彼の宿病、すなわち腎臓病が再発しました。彼は持病が再発したときに、私が彼に功力(くりき)(修行で得た力)を放ちましたが、彼の体は底のないバケツのように、まったく光を留められなかったのです。これは何の意味をしているのかが、私はよく分かりました。でも、それを信じる勇気がないだけです。この同輩は家に帰って、一ヶ月のちに転生しました。引き続いて、彼の奥さんが私の浄人になりました。あの同輩の病気の間に、私は毎日のように彼のため祈っていました。彼が死を迎える日に、私は菩薩に、万行は彼の代わりに死んでもいい、彼の家に子供がいて、父親の扶養が必要だからと願い求めましたが、結局のところ、何の役にも立たなかったのです。

彼の臨終に、禅定の中で彼を引接(いんじょう)(衆生を仏国に導くこと)し転生させるのは私だったのです。彼は私が修行して以来、最初に引接した衆生です。

蓮花島にいた時、私の魂が簡単に肉体から抜け出ましたが、ただ、それは自分の意志では決められず、すなわち思うままに出し入れすることができないだけです。その同輩が死んだのち、彼は自分が死んだとは思わず、相変わらず山の上に来て、私に食事を作ってくれました。作ったご飯のすべては一塊の光で、窓辺に置いてあります。霊体の衆生にとって、一塊の光はまぎれもない実物なので、茶碗を持つにも、持っているのは光の茶碗です。ご飯を盛るにも、盛っているのは一塊の光です。その後私は、あなたの肉体は既に死んだと彼に伝えたが、この同輩は、それを信じなかったのです。洗面器に水を一杯入れて、見せたところ、やっと彼は自分の肉体が、確かに死んでいると信じるようになりました。

この同輩は、生前にあまり宗教を深く信仰していなかったのです。私は「あなたを連れて天に昇り、仏国(諸仏の浄土)にも入れます」と彼に言いました。彼は「私は天に昇りたくないし、仏国も入りたくない。また転生して人間になりたい」と言いました。

実際のところ、彼が仏国の存在を信じないのは、私には分かります。「あなたは私のために一年のあいだ関を守ってくれました。私は天界の存在、仏国の存在を見せる義務があり、あなたを連れて仏国に行って一度遊んでから、また世間に戻って転生しても遅くない」と彼に言いました。彼は私の真心こめた話を聞いて、私の計いに応じました。

そこで、私は座禅に入って、禅定の功力を以て肉体から抜け出て、彼の魂を連れて、第一層天、第二層天、第三層天……と続いて入り、第十層天の少光天に入ったところ、彼の霊体が驚き慌て始め、眼が刺激に耐えられない、と言いました。私は第十一層天は「無量光」という天で、そこの光はもっと強いから、眼を閉じてそのままにしておけ、と彼に伝えました。あろうことか、「無量光」天に入ったところ、強い光で、彼の霊体は、すっかり照らし透かされたので、彼は照らされてうんうん呻き、体の向きを変えて、もとの方向に向かって走り出しながら、「光が強すぎる、私は溶かされそうだ」と言い出しました。ただ、彼は来たときの道がまったく分からなくて、やむなく私に今すぐ自分を連れ帰ることを求めざるを得なかったのです。三界(欲界、色界、無色界。迷いの世界)の二十八重天(すべての天上界)は、まだ半分まで行かず、この層はまだ六道の輪廻を超えていません。私の禅定力で、あと何層の天にも昇れる、と彼に言いました。そのとき、彼は泣きながら、私に嘆願しました。「早く私を連れて下りて下さい。溶けそうで、死にそうです。」一刹那、私たちは、また、三聖洞の前に戻りました。このとき、天界や仏国が果たしてあることを、やっと彼は信じるようになりました。彼も修行をしたいので、私に法を伝えてくれるように懇請しました。

私は、「あなたに肉体修行の基礎がなければ、魂で直接に修行するのは非常に難しい、肉体こそ、もっとも貴いので、修行することによって、魂が肉体から抜け出ることができてこそ、魂が独立して修行することができます。仮に生前、光を見るまで修練したなら、死に臨んでも容易です」と彼に言いました。

そこで、彼に灌頂を授けました。さらに来世で、修行することを忘れないように、本伝承の歴代の上師が彼を見つけられるように、法印と摩尼珠を彼の額に打ち込みました。
このように、彼は転生して行きました。私は禅定を以て、そのまま彼が転生する様子を見ていると、オギャーオギャーのうぶ声で生まれたのち、初めて手が放れました。

この事は、別の側面から、なぜ歴代の上師はいつも信じることを強調しているのかを証明できました。信じることは基本点であり、最初でもあるし、最終点でもあります。信じることだけで、往生するときに、上師の引接を受けて、上師の力に逆らわないのです。全面的に信じることによってこそ、我執を溶かすことができ、水滴が大海に溶けるように、仏国の大光明の中に溶け込んでしまいます。ただ、心の智の各階層で、この「信」を貫き通すことは、決して簡単なものではないのです。頭脳(習慣の勢力)は、必ず様々な障碍を設け、様々な悪巧みを謀って、自分のために弁解します。

私は一九九八年から翌年にかけて、ずっと高熱が続きました。まさにこの二年間、すなわち二十世紀の最後の二年間に、ようやく私の心の働きが変わる、成熟の二年間だったのです。

一九九八年の高熱は頂点に達していて、冷たい水でシャワーを浴びても、薬を飲んでも、まったく役に立たなかったので、体全体が熱で萎縮していました。目の前がぼんやりとかすんでいました。心の中はいらいらして、万の虫が這っているようで、私を引き裂き、食っています。両手は知らず知らずに、心臓のあたりをむやみに引っ掻いて、最後には皮がむけても効き目がなかった。風油精(ハッカ軟膏)を皮膚の剥れた傷に塗ると、涼しくなって、少し気持ちがよくなりました。長い間、高熱だったので、自分は模索しながら経験を積みました。それは、高熱が来ると、二度と熱をさます薬を飲まず、発汗薬を飲んで、体温を上げて、全身の高熱を汗と共に排出させました。

一九九九年秋でした、その高熱は、いままでよりも、もっともひどい熱で、三年の閉関の最後の熱でした。当時、熱で体全体に水泡が出ていました。痙攣(けいれん)(いわゆる手足などのひきっり)で、腰も伸ばせなく、足もまっすぐに成らなく、視力もはっきりしなくなりました。高熱を出してでも、自分が決めた静座の時間とした毎日の十八時間が、決められた通りに完成しました。当時、ただ一つの信念があり、それは万行は病気にかかっていても、その「我(が)」(魂体的な自我)は万行と一緒に絶対に、病気になってはいけないのです。

ある数日間、苦しくて万行は本当に耐えられなくなって、仕方なく「我」を体から離れさせ、傍に跳んでいって、万行が苦しんでいるのを見ています。このように何度も試して、気持ちが少し良くなりました。ただ、根本的な苦しみはまだ解決できていません。高熱には確かに慣れたので、私は影響されないのですが、まだいらいらして、筋肉が引きつけて、震えてぶるぶるしているのは、やはり、私を落ち着けなくしてました。静座の後に歩くと、両足がふらふらしています。眼の前の境地に光はいつでも見えますが、それらに対しては趣味なかった。それによって高熱の苦しみも減らせなかったのです。当時、本当に往生しておしまいかと思いました。私は試しに「吽(ホン)」の音を念じて、さっさと逃げてしまおうかと思った瞬間に、一筋の強大な業力(ごうりき)が私を引き止めるのを感じました。真言はまったく効果がなかったのか、いいえ、万行は衆生との縁がまだ終わってなく、業はまだ消えていなかったから、往生することができないというべきなのです。

当時、死にたい思いが生じてからのち、色々な所におられる親戚や友人を感応させました。後になって、彼らは続々と手紙で様子を尋ねています。それらの所は、北京、上海、武漢、アモイ……でした。

三年間の閉関のうちに、二年間は病気しながら過ごしましたが、もし長姉、長兄たちの愛のこもった世話がなかったら、万行はどんなふうに過ごしたのか、本当に分かりませんでした。ここに特に説明しなければならないのは、万行が病魔に打ち勝てる機縁となったのは、吉林省の長姉の手紙を受け取った時です。手紙の中の、心のこもった言葉と、人を深く感動させる文章と一篇の詩は、万行を頭脳の誘惑、苦しみ、絶望……から完全に突破させました。手紙には「こんなふうに往生してしまったら、両親に顔向けができるでしょうか?彼らは苦しまないですか?……」とあり、詩はこのように書いてありました。


思緒紛紛乱如麻、心如刀割涙如雨、
束手無策拝観音、佑師福寿斉与天。

【書き下し文】

思緒紛々として、乱麻の如く、心刀割さる如く、涙雨の如く、
手を束ねて策なく、観音を拝み、師の福寿、天と斉しく佑けよと。

【意訳】

私の思いは乱れた麻系のようで、心は刀で割かれたように痛む上に、涙も流れて止まりません。何にも手につかず、ただ観音に向かって、師匠様の福寿長久を祈るばかりです。

ここまで読むと、万行の心身に轟音がして、一筋の強大な熱流が詰めこまれた体を突き抜けると同時に、私はどなって、洞窟の岩壁を拳骨で一発殴って「俺は必ず活きてやる!」とどなったのです。

熱血の衝き上げ、怒鳴り声、拳を打つ音、……いくつかの動作は瞬間で終えました。そのとき感動のあまり、抑えられなく、内心に万丈の波瀾が生じました。洞窟の中で、早足でうろうろして、しばらく経って、やっと落ち着いてきました。そこで、手紙の続きを読み終わりました。

もしこの生死の瀬戸際に、その長姉の手紙をいただけなかったら、危うく一生悔いを残こしました。もし万行が死んだら、万行の母方のお婆さんも死ぬほど苦しむのだろうか、そのとき、ある思いが浮かんできました。修練を捨て去って、成仏しなくても、万行は必ず生きていきたい。絶対に母方のおばあさんを悲しませてはならないと。

そのとき殴った一発は強すぎて、後になって手全体が腫れました。何日間も、痛みが続きました。

高熱が出るたびに、私の魂はもっとも体を離れ易くなるのです。ある禅定のたびに、自分の一生の運命を目のあたりにしたのち、数ヶ月間、気持ちが落ち着かなかったのです。

造化(ぞうか)(自然)は万行をからかっています。万行の一生涯も、健康ではいられないのです。そしてしかも、命は四十一歳の難関を越しがたく、たとえ越したとしても、必ず一度大病にかかります。長年の理想のすべては、長期間の病気の体に飲み込まれました。目の前は一面「真っ暗」で、徹底的に絶望しました。

少年時代から、武術を稽古し武術の侠客になりたくて、朝から晩まで棍棒を振り回していました。出家後は閩南仏教学院に入り、学院はアモイ大学とは、隣り合わせでした。この環境だからこそ、周りを見れば、友人の多くは高等なインテリであり、私はただの中学生なので、本当に武術を捨て去って、学問を学ぼうと思いました。仏教学院で勉強する間、悟りを開いて、成仏することは読書よりもすばらしいことを認識しました。後になって、空有師匠の認めのもと、学問を放棄し、仙(仙人、仙の道)を修行しようと決めました。それからいままで、仙を修行する志が一度もぐらついたことはなかったのです。

私は幼い時から、宿命論者で、すべては運命づけられていると思い込んでいたのですが、年が若くて気が短いため、どうしても運命に対抗するのを好みました。その後目覚めて、滑稽に思いました。四十一歳まで、まだ十二年間あるから、なにも心配はいらない、やはり思い切って修行しよう。朝に成仏したら、夕方に死んでも充分だ!そして、また気持ちを奮い立たせて、ひょっとすると今度の閉関で、四十一歳の災難を変えられるかもしれないと自分を慰めました。

時には、禅定の中で、四十一歳まで飛んで行って、運命が変わったかどうかをちょっと見ました。そのうちの何回かは、四十一歳の生命力が強くて、あとの何回かは、四十一歳の生命力は糸のように細く見えました。そのときを限りに、私は死亡に対する訓練に拍車をかけ、入定するたびに、魂を肉体から抜き出すことは、すべて死亡に対する訓練なので、長くて数時間、短くて数分間行いました。

幼い時から、私は感情にもろいので、簡単に感情を表したくないのです。他の人が私の前で涙を流すのにもっとも弱いのです。一度目は出家の時に、母方のお婆さんが泣いているのを見て、留まりました。二度目も出家の時に、両親が泣いたので、また留まりました。三度目はこっそりと家を出ました。目にしなければ、気分が少しよいからです。世の中でもっとも人を縛るものは、感情以上のものはないので、仏門で言う「三界の輪廻は、情を本とする」とは実際には、情は輪廻の本(もと)だけではなく、しかも成仏の本でもあります。大悟した人こそ、思い切って「情」の水門を開け、情を無分別の愛に昇華させることができます。

天道は人道の基礎を以て修練して、成功を収めたものだったのです。天道を修したければ、まず、人道を実践すること、そして修行して天道の成果を得たのち、また人道で天道の力を発揮するものです。

真に修行する人は、世間とかけ離れてはなりません。世間から離れては、仏を語れないのです。

二年間、軽重を問わず高熱を出していたことが、私の体を変えただけでなく、心の働きも強固にそして平穏にしました。以前、たくさんの本を読んでいて、多くの道理を悟ったが、問題に当ると、悟った道理はまったく役に立たないのです。修行者には、修することと学ぶことを結合させることができなければ、その人の言っていることや悟ったことのすべては、当人の宝物ではありません。一般の人が言う悟りとは、ただ人の悟道の経緯、修行の体験を持って来てひとしきり理解するだけで、自分が悟ったとか、解脱したと思っているのです。

修行中に現れる、姿を隠した衆生、すなわち精霊、妖怪の干渉も、無数の戦略を経て、やっとその中から抜け出しました。そうでないと、万行は既に無形の衆生の奴隷になってしまったのです。身をもって経験することがなく、じかに無形の衆生を見たことがなければ、誰でもそれを信じることができません。無形の衆生とは、ただ宇宙の、ある種存在している力で、適当な方法さえ把握すれば、すぐに、彼らと通じ会えます。そのうえ、お互いの生活を妨害しないことができます。

今はすべてが良くなって来ました。たぶん衆生との縁はまだ終わってなく、業はまだ消えていなかったから、どうしても、まだ死ななかったようです。鬼神の邪魔も、今は完全にそれに関り合うこともできるし、無視することもできます。これらの妖怪を目の前で少し踊らせて、ちょっと見ますと、なかなか可愛いです。仏や菩薩の加持力も、何かの誘惑もないので、仏と衆生は皆一体です。

三十年の人生を追憶すると、一つの法則を発見しました。それは、人生のすべてはきめられていて、その決められたものは、すべて美しいもので、ただ衆生は「ゴミ」の中にある黄金を見つけられないだけです。信じなければ、三十年前の万行と同じように運命に対抗してください。ためらわないで、決められた事は、徹底してやらなければならない、死んでもかまわない、と思うことです。三回の閉関とも、十分に死ぬ準備をしました。死んでも私は後悔しませんでした。生活が確かにそのように豊富で、円満なのは、もとより何かを作り出す必要が全くないからで、いわゆる努力は、ただ新しい業を作るだけであります。まわりのすべては、享受しても尽せないのに、まだ何かを作り出す必要があるでしょうか?生活そのものは、もともと調和が取れているもので、調和がとれている中で、ものごとを作り出すのは一種の享受ですが、この調和を突き破った上で、ものごとを創造するのは、かえって新しい業を作ることになります。ただ、誰が縁に応じて、新しい業を作らないことができるでしょうか?

絶塵洞で、最初の閉関のころ、成仏したい、衆生を済度したい、仏法を大いに発揚したい。したい、したい、したいでした。三度目の閉関のころ、かえって、物事に対する熱意や使命感がなくなり、成仏する心もなくなってしまったのです。時には、仏教の現状を思うと,どうしてもため息をついてしまいました。二年間の閉関の後はため息もなくなりました。天界、地獄はなにか恋しがる値打ちや、なにか恐れる値打ちがあるのでしょうか?殺し、盗み、淫乱もそれぞれ自分の因縁があり、生、老、病、死は誰でも経験するもの、万行「仙人」でも、一九九五から一九九七の三年間、頭が割れるように痛くて、やがて気が狂いそうにもなって、時には、頭にタオルをしばっても役に立たないのです。一九九八年の、その何度かの高熱を経て、頭に何回もの大汗をかいたのちに、頭痛はようやく消えてたのです。

今日の万行は、少しばかり調子のいいことを言っているかもしれないが、一九九九年以前は、ずっと弦をぴんと張っていたように、日中一食、すなわち毎日一食しか食べず、夜不倒単、すなわち一晩中横ならず眠らない。絶体絶命、まさに窮地に陥り、まもなく心身は崩壊しようとした時、ある明け方、静座しながら居眠りしていて、どのような神経に突き当たったのか知らないが、突然、すっかり氷解していたように感じました。天が崩れ大地が陥没し、大地が消えて、底のない深い淵のように、まっすぐ落ちています。そんなふうに頼りとするものがなく、助けもなく、どこへ行くかも分からないのです。

これ以前に深い淵へ落ちる体験は数限りなくありましたが、いつも、約十丈ばかりのところで止まって、そして上がり、地面を越えて頂上に着きます。しかし、今回の落下は、まったく底に着かなく、まったく足を止めるところもないので、非常に早く落ちていますが怖くないのです。落ちているときに、体は非常に反応して、心臓は早鐘のように、ガンガンと音を立てて、爆発しそうだったのです。

たびたびの経験で、その落下は決して怖くないく、落ちるがままにして置けばいい!と私は分かっています。

そして、私はリラックスして、目を閉じて、体に従って落ちています。つまり真っ暗な深い淵に落ちています。その速度はあまりにも早くて、石が空中を落ちているようで、しかも頭は下を向いています。どれほどの時間を経ったかは知らないが、真っ暗な深い淵は、突然、爆発しました。きらびやかな花火は虚空一面に散らばって、私は海洋に落ちて、世間に落ちてしまい、暗闇から出られました。

以前は、いつも、真っ暗な深い淵に落ちたのち、また上がって、真っ暗な深い淵から出てきますが、今度はまっすぐ落ちて、真っ暗な深い淵から出てきました。青い空と太陽が見えました。青い空や太陽あるのは下ですが、上ではないのです。今度は上に戻らないで青い空と太陽が見えました。

私は喜びのあまり、気が狂いそうになりました。洞窟にある壁、机、毛布、林、つまり目の前にある、すべては生命力を備えた、まるで美しい少女のように、きらきらと輝いている如來のようであります。私は嬉しくて彼女たちと抱き合って、キスをして、自分は秋の収穫のように、五殻は実り、随所の倉庫に満ちて、取っても尽きず、使っても使い切れません。そして空中にある明月のように、分別なく、枯れ木、岩石、生花、青草、……を照らしています。

瞬間に、月が消えた、嫦娥も消えた、天界も消えた、地獄も消えた、万行も消えました。すなわち私がその状態から目を覚ましたのち、ある種の広大で、究極の未知が開けられて、さらに二つが一つに融合しました。知るものと知られるもの、照らすものと照らされるもののすべては、一つに融合して、すべては総体となった。すべては空(くう)無(む)(空の理法と真理)になったのを感じました。

宇宙の存在と構造は、一つの総体しかありません。衆生の本来面目(ほんらいめんもく)は、同じであり、ただ肉体の違いだけであります。私が生きることは、すなわち万物が生きていて、私が死ぬことは、すなわち万物が死んでいることです。生死はただの現象であり、私はこれまで進入したことがなく、これまでそのもっとも根本的な存在者、総体者を引き込むこともなかったのです。私はすなわちその海洋であり、その存在であり、その総体であるのです。心念が揺らぐと、全宇宙を揺るがして、宇宙全体は意識の揺らぎに従って揺らぎます。

私は泉水の源を得たように、間髪を入れず外へ放出しようとしてます。よく考えもせず四篇の悟道偈(ごどうげ)を詠みました。


洞房春雷惊醒後、月中嫦娥不再来、(一)
無人無我無世界、従此不再思蓬莱。

【書き下し文】

洞房春雷、驚醒の後,月中の嫦娥、再び来たらず、
人なく我なく、世界なし、此れより再び、蓬莱を思わず。

【意訳】

洞窟の中で起こった妄想がいきなり消え、禅定の中の様々の境地も消えた。空を体験したその時こそ、解脱でき、渇望の起こらない境地に至った。


法本無法、求法生法。仏本無仏、求仏生仏。(二)

【書き下し文】

法もと法なく、法求めて法生ず。仏もと仏なく、仏求めて仏生ず。

【意訳】

仏と言い、法と言い、自分が強く求めてこそ自ずと現れるのである。


能所照照猶重関、煩悩除尽菩提完。(三)
有為無為皆非真、不住不捨方到家。

【書き下し文】

能所照照、なお関を重ね、煩悩除尽、菩提を完うす。
有為無為、皆真にあらず、不住不捨、方に家に到る。

【意訳】

修行して学ぶべきものがあれば、道には多くの関所がある、悟りを得たければ、必ず煩悩の助けを借りる。作為してもしなくても、真の道から離れてしまうので、留まらず、捨てずに続ければ、求めている源にたどりつける。


五殻豊登人人愛、山河大地是如来。(四)
楊柳青青億万年、融入月光照人間。

【書き下し文】

五殻豊登、人人愛し,山河大地、これ如来なり。
楊柳青青、億万の年,月光に融入し、人間を照らす。

【意訳】

大地には作物が実り、人々は愛し合い、山河はそのまま如来のようだ。自然と悠久の時は、共に溶け合って、人世間を照らしている。小さな境界が大きな境界に溶けて、一体になっている。

世界は私の為に一変し、空が大きく開いて明るくなり、大地の至る所どこからも山頂に進むことができます。人も元気づいて活力がみなぎるようになったので、理想の小鳥となって枝でさえずり、仏光となって私を巡っています。至る所すべて仏であり、すべて道であります。

ははあ!なんだ、もともと仏国はここにあるのだ、もともと衆生は仏だ、もともと、それぞれ全て道なのだ!その時から、私は二度と奮闘したり、抵抗したり、しがみついてよじ登ったりしたことはなかったので、俗世界に着いて、この世に戻りました。

いわゆる悟りとは、智慧を開いて、修行する道理が分かり、解脱の道を豁然と開いて、あたかも闇夜に、突然、前方に灯明を見つけたように、それ以後、二度と方向を見失うことがないことです。

いわゆる解脱とは、智慧の灯明をともして、思想の面で、さまざまな束縛を超越して、その心の働きは、さまざまな事物の往来を、気にかけなくなり、生死(しょうじ)輪廻(りんね)というものは水中の月のように、夢中の花のようにして、天界や地獄に対して、恋しくもなく恐れもないことです。

いわゆる成仏とは、智慧の光が自分の本来面目を照見して、もとより生じたということもなく、滅するということもなく、もとより千百億の化身を備えて、もとより功徳円満であり、もとより諸仏や菩薩と同一体になることであります。

生命の本質は一塊の光で、六道(ろくどう)(天、人、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄)の衆生のすべては、程度の異なる光エネルギー体です。ただ個体のエネルギーの光体を残すことで、輪廻はずっといつまでも続きます。もし輪廻をしたくなければ、修行によって、自身の光エネルギー体を高めるだけです。修行によって、自身の光エネルギー体が、宇宙の光の振動周波とぴったり合うときに、自体の光は、すぐに宇宙の光と一つに融合してしまい、あなたは、これから二度と輪廻しなくなります。

仏、上帝(万物を司るもの、創造神など)と衆生の誰でも、程度の異なるエネルギー体であり、エネルギーの高いものは、上がり、エネルギーの低いものは下がります。

衆生の本来面目は、すなわち意識層を超越した、一つの光子の点で、この光子の点は、宇宙の光から来た一部分です。

宇宙の光は、宇宙の万物を作る原材料であり、この原材料の上に、さらに無形無相であり、見聞覚知(けんもんかくち)(見る聞くなどの体感)を超越した、無体を以て体とするという一つの存在者であります。それは何ものにも成らず、何ものも、それから成りません。それはただ一種の存在であり、それはいつまでもその有りのままの姿で存在しています。それは昔から今に至るまで存在し、宇宙は四劫(しこう)、すなわち成(じょう)、住(じゅう)、壊(え)、空(くう)(滅(めつ))があっても、それにはないのです。それは万物を支配しているわけではなく、万物はそれに頼ることもしていないのです。ここに至れば、言語道断(ごんごどうだん)、心行(しんぎょう)所滅(しょめつ)(言葉で表現できず、思慮を超えていること)です。心領(しんりょう)神会(じんね)(心で理解すること)は、それを離れてより遠のき、見聞覚知は、それとは逆行してしまいます。見聞覚知と心領神会そして、万物を作る光と音すなわち無形無相です。

生命はどこから来たのか?生命はもともと存在して、娑婆(しゃば)世界(人間世界)に来る前、まず光音天(中位の天界、第十二層天)にて、すべての智慧を具足したのです。なぜ光音天を通らなければならないのか?生命が無形無相であれば、娑婆世界とは結び付けられないからです。

生命はどのようにして帰るのか?その道と反対の方法で行います。思いはもともと振動するものです。覚知も振動です。生命は光流と音流の振動の助けを借りて下がります。すなわち転生することです。生命は帰るときにも、必ず光流と音流の振動の助けを借りて上がって行き、無明を打ち破って、すなわち復元します。見聞覚知とか、心領神会とか、光と音とか、いずれも振動することができても、これらのすべては究極ではないのです。但し、究極の源に達したいのであれば、唯一に、助けを借りられるのは、やはりこの究極でないものです。来るのは、それに頼って来て、帰るのも、それに頼って帰ります。

解脱した人、超越した人、無我の人は、空(くう)に留まらず、有(う)に留まらず、さらに、中間に立つべきではないのです。無我であれば、誰が立つでしょうか?初めて絶塵洞で閉関したころ、有を捨てて、空に入ったのが、まるで火山から出て、また大海に入っていたようでありました。その時、一意専心で工夫の修練に夢中だったが、自性はもともと円満であり、自性はもともと一切を十分に具えて、自性はもともと清浄であることもはっきり分からなかったのです。

それではなぜ、まだ修行しなけばならないのでしょうか、まだ修行と称しているのでしょうか?

修行したいのは、迷った人だったのです。あなたを修行させるのは、門外漢なのです。あなたの心が落ち着くことができないからこそ、修行するつもりであって、上師が言われることを信じないからこそ、修行するつもりであって、あなたは野望も抱負もあるからこそ、修行するつもりだったのです。もしも、そのさまざまな概念のすべてを超越していたら、その上何を修行する必要があるのでしょうか?

菩薩でも、究極的な果位ではなく、菩薩の目から見ると、まだ成就すべき仏果があり、済度すべき衆生がいます。また仏の境地では、成就すべき仏果もなく、済度すべき衆生もいません。

天界や地獄は、いずれも、衆生の根器によって現れています。

音があって、光があって、観照者が存在すれば、すべて「化(け)城(じょう)」(幻の途中の宿駅、真の悟りでないこと)に居ますが、まだ「宝所(ほうしょ)」(所とする所なく、所とせぬ所なし。涅槃のこと)に至らなかったのです。

もし、思って立ち、行い得て、証することがあれば、まだ必ず輪廻があり、必ず業障(ごうしょう)(正を妨げる業)があって身に従っています。

仮に、最後の修行が「空」であることを悟っても、それはまだ、真空(しんくう)(真理の本性、真実の空)ではないことを証明できます。真空は、空の心の働きも、空の境地も存在していないのです。空は、まだ有の範囲に属しています。空は、まだ有の産物に属しています。空は、まだ悟った後の痕跡に属しています。悟った痕跡を取り除かなければ、依然として、堂に入ったとはいえないので、依然として、物事の往来を気にかけるのです。依然として、業障があって「空」を身につけています。

二度目の閉関で、拉蒙上師は私に、乳離れできているから、俗世界に行って修行すべきと言われました。そのとき、万行の体中に負けん気がみなぎって、釈迦牟尼を打ち負かそう、イエスを打ち負かそうと思っていました。私は彼らの工夫は俗世界で修行が円満であったこと、功法は洞窟で修練することができるが、心法の円満は、俗世界で修得するほかないことを全く悟っていませんでした。道の働きは、使われるところは俗世界です。また道の体は、俗世界を以て体としています。そして道の相は、俗世界を以て相としています。すなわち、大道は俗世界を離れません。当然、突き破るのも俗世界であるべきで、誠心誠意で事を行うのは修道であり、禅定でもあります。

日常生活の中、薪を運ぶ、水を汲む、食う、飲む、大小便を出す、喜ぶ、笑う、怒る、罵るなどすべては浄心であり、禅であり、道でありますが、どうして足を組んで静座することだけが禅であり、工夫であると言えるのでしょうか?

行、住、座、臥のいずれも道とは通じ合っていて、真に悟った道理こそ、工夫なので、真の工夫は、透徹した真理を明らかにしています。かりに、あなたが悟った道理を工夫と溶け合わすことができなければ、あなたの修得した工夫が、真理の試練に耐えられなければ、あなたが悟った道理、修得した工夫は、すべて真実ではなく、すべて究極ではなく、すべて円満ではないのです。

究極の円満な真理は、工夫なので、それ以上足を組んで静座する必要がありません。これに反して、あなたが尽くした真理はすべて、源ではないのです。決して毎日十八時間足を組んで、横にならずいるのが道であり、成仏できると誤解してはならないのです。真の工夫、心性の工夫は、俗世界のありとあらゆる物事によって鍛えてあげたものです。十八時間、足を組んで静座するのは珍しいことではないので、修行すれば誰でもできますが、仏法の最終の成就は、工夫に頼るのではなく、智慧の成就を以て最終の成就としています。すなわち妙有(みょうう)(絶対の有)によって妙用(みょうよう)(優れた働き)を生じることです。

昔から、大隠は市に隠れ、小隠は山に隠る、と言われています。なぜ仏教は、蓮の花を以て自分の象徴としていますか?いったい、蓮の花は、どこに育っていますか?どこに育った蓮の花が、もっとも美しいですか?おそらく、蓮の花が山頂上に育っているのを聞いたことがないでしょう!どんなところで育って咲いた蓮の花でも、俗世界で長時間衰えず咲かなければ、良い香りを漂わせていなければ、これらは、真の蓮の花ではないのです。真の蓮の花は、泥の中に咲いていても、泥で汚染されないだけでなく、もっと生い茂って、より芳香を漂わせています。蓮の根が吸収しているのは汚泥ですが、汚泥を芳香に変えて、四方に漂わせています。

ある修行者が、修練しているのは心の働きであり、智慧、慈悲、人品、人格でありますが、ただ、これらの完成に当って、必要とする環境は俗世界であり、群衆の中であって、山林で修行を終えてしまう訳ではないのです。

多くの修禅者が、山で数十年の修行をしても、究極の仏果を証したければ、俗世界で菩薩道を実践する以外に、第二の道がありません。修行の最後には、俗世界で苦労をいとわず、他人からの非難にも耐え、自分の心性を昇進させ、無始以来の習気(じっけ)(煩悩の余力)や癖を消し除くものです。正に心の法を把握することが出来ないから、必死に身をもって工夫します。すなわち足を組んで、このように、身体は道であり、身体は仏であると。そして身体があれば道あり、身体あれば仏ありと間違って推理しています。

道は永遠に存在して、仏は不生不滅なのです。身体によって修得したもののすべては、永遠に残されず、すべては生も滅もあるのです。俗世界で鍛えているからこそ、心の働きを真空にしたとき、体も真に空っぽにしたときに、初めてその不生不滅、無形無相というものが現れます。静座の目的も、身体を忘れ、心の働きを空にさせるもので、両者の目的は同じですが、俗世界での修練が直接に面しているものの根本は、すなわち心であり、枝末にあたる身体ではないと、誰がまた信じるでしょうか?体から着手するのならば、最後にはまた山林から出て、俗世界に入って、心の働きの工夫を解決しなければなりません。

長年の禅定修行により、まったく一日一食して、夜横にならず、下に大地なく、上に天なく、水に波なく、火に煙なく、耳に俗事を聞いても心が動かなく、目で形と色を見ても心が揺れないという境地に至れます。ただ、俗世界の実際の問題に出くわせば、依然としてめちゃくちゃで始末がつかず、お手上げで、どう着手するのかも分からないのです。時には、また落ち着かなく、人はあなたのすることなすことが、理解できないのはいうまでもないのです。とても心地のよい言葉でも、とてもよい事でも、私に言わせれば、私にやらせれば、結局、悪い話になってしまい、悪い事になってしまい、心の苦しみや悩みは、なかなか言葉で言い表しがたいのです。他人は、十数年の禅定工夫のある修行者が、ものごとを間違えてしまうのを、どうして信じられるでしょうか?実際には、「天上」の神や仙人が世間に来たとしても、結局、必ずこのようになります。

心を鍛えて、気を調整するのに、市井よりもよい処がどこにあるでしょうか?俗世界で立脚でき、俗世界で浄心できれば、では一体、どこなら、浄心できないのでしょうか?またどこならあえて行かないのでしょうか?俗世界こそ、心の働きを検証し、工夫を検証し、人格を検証するなど唯一もっとも有力な処です。

山に住んでいれば、誰でも工夫があり、誰でも仙人です。もっとも道が現れやすいところは、世間であり、人と人の間なのです。俗世界とかけ離れれば、群衆とかけ離れれば、あなたの心、あなたの道は、修行にならず、よく修行できないのです。もし修行を終えたと言えば、今日の万行はあなたに一言お尋ねしたいのです。あなたは俗世界とかけ離れて、社会とかけ離れていたのに、どのように修行を終えたのでしょうか?あなたの道は、どのような道ですか?あなたの仏は、どのような仏ですか?ははあ、あなたは必ず、私の道は洞窟の中にある、私の仏は、洞窟の中の、一尊の如如不動の石仏だよ、と答えます。

数えきれないほど多くの修行者のすべては、山の中で心を鍛えて、気を調整していますが、やはり皆、失望落胆して、体は病気に付きまとわれていたのです。心を鍛え上げなければ、どうやって気をよく調整することができるでしょうか?心が平静であれば、態度も穏やかなのは、山の中では、瞬間的な心の平静があるかもしれないけれども、一旦、俗世界に入れば、それは役に立たないのです。修道の最後は、人に見せるものではなく、出して使うもので、自分の智慧を出して、俗世界で使うものです。

あなたが大胆に山林から出てきて、世間に入れば、あなたが面している一切は、活き活きとして道でないものは全くなく、活き活きとして仏でないものもないのです。仏の品性、道の働きというものは、衆生はもともとこれらの品性を具えて、衆生はもともと道の働き、すなわち博愛、慈悲、献上を具えているもので、衆生はもともとこれら絶対的な品性で構成されたもので、もとから具えているものだったのです。

工夫に陷っている人は、どれだけ居るのか、最後には、やはり極めつくせなかったのは、どの道でも山麓に通じますが、必ずしも、山頂に通じるものではなかったのです。山頂のその一点に通じるのは、一本の道、すなわち敬信(きょうしん)(深く敬い信じること)しかありません。敬信はヘリコプターで、このヘリコプターがあって、はじめてあなたは一切を、すなわち博愛、慈悲、奉献を備えます。法法平等とは、敬信の基礎によって構築されたものだけが法法平等といえます。なぜ「方便は多門があり、源に帰るのには二路がない」ということを言うのでしょうか?まさに修行が簡単すぎるから、人々はそれを信じないで、かえって道(俗世界)から離れて、道を探し求めるのでしょう。
古今、数えきれないほど多くの、あらゆる苦しみを嘗めて、すっかり道を悟った先輩たちは、衆生に向かって大声で呼びかけています。あなたたちは、我々の苦しみを嘗めなくてもいい、我々が、歩いた道を歩かなくでもいいのだよ。あれら無駄な苦労、あれら無駄な道のりのすべては、私があなたたちの代わりに、それを耐えました。しかし、凡夫はやはり凡夫で、何人が大きな根器の人がいて、大きな福報の衆生がいて、明(みょう)師(し)(すぐれた師)が言われたことを信じることができるだろうか?古人が、天下はもともとなすべき事がないので、凡人は自ら面倒を引き起こす、といわれるのも当然だ。幸いに、春がめぐって来ると草はおのずと緑になるように、あなたはいずれ、自分自身が仏であることを認めることができ、あなたはいずれ俗世界に入って奉仕ができ、楽しく生活し、落ち着いて仕事をするようになります。

以前、あなたがもし、万行に近づいていれば、万行はあなたを真の大我に成したはずです。すなわち私は修行して、私に伝えられる教えがあったので、あなたを成仏させられました。しかし、今日、もしあなたが万行に近づけば、あなたがもっているすべてをなくしてしまいます。その中で、最大に失うものは、あなた自身で、あなたの存在をなくしてしまい、あなたは一つの空無になり、伝える法も無く、証する果もないので、あなたは大自然の中に消えてしまい、永生(ようしょう)(涅槃)と一体に溶け合って、道と一体に溶け合ってしまいます。そのとき、あなたは完全なる総体の我になり、そのとき、あなたは真我の存在を感じることができます。しかし千百億化身のような存在でもなく、また名誉のための存在でも、利益のための存在でも、愛のための存在でもなく……そのときのあなたは、今現在のあなたと同じでもあるし、同じでもないのです。同じなのは、以前のあなたは眠らなければならず、今も眠りが必要なことです。そして違っているのは、以前のあなたは眠っているときに、鼾をかかなかったが、いまは雷のような鼾をかいています。

はたして衆生との縁がまだ終わらずに、業がまだ消えていないのなら、関を出たのち、左の手に干将(かんしょう)(名刀の名)を持って、右の手に莫邪(ばくしゃ)(名刀の名)を持って,衆生に代わって世間の煩悩を断ち切ってあげます。業が消えたら、変身したわけです。さあ、出発です!ここで私を引き止めなくても、自ずと私を引きとめる所があります。もし、私の言うことを聞くならば、まだ何人かを連れて行けます。

今日まで閉関して、もう話す言葉はありませんが、幸いに、以前に数多くの悟道偈を書きました。今日はこれを出して、皆さんに笑い話をしてあげましょう!皆さんに禅詩を詠む上の注意をいたします。まずあなたの両目を閉じて、片方の目は開けておくこと、そうしないと、本当に笑い話となってしまいます。私は子供のころのことをまだ覚えています。張おばさんの息子が亡くなってしまい、おばさんは肝臓が裂け肺臓が割れるように苦しいと言ってました。でもそのとき、彼女の肝臓も引き裂かれてなく、肺臓も割れていないのを見ていた私は、張おばさんは人を騙していると思っていましたが、後になってから、彼女は本当に肝臓は引き裂かれて肺臓も割れたのだと気付いたのです。
今日に至ると、ようやく仏祖(ぶっそ)(仏陀)は衆生を欺かなかったと気付きました。


寒冬百花閙、枯木梅花生。(一)
嫦娥伴天明、嬌痴天未暁。

【書き下し文】

厳冬に百花が閙(さわ)ぎ、枯木に梅花生ず。
嫦娥天明に伴い、嬌痴の天未だ暁けず。

【意訳】

心身はぐっすり眠り、自性の光明が自覚めて、回りを照らしている。明月は一日中あり、この境地は誰でも、鬼神でさえもしらない境地なのだ。


洞房夜夜春風起、今夜更比昨温柔。(二)
思之不来来不思、不冷不熱是真愛。

【書き下し文】

洞房の夜に春風起こり、今夜昨に比して更に温柔なり。
之を思いて来らず、来りて思わず、不冷不熱、これ真の愛なり。

【意訳】

この優れた境地は毎日あり、昨日より今日とさらに良くなっている。この境地は考えて出来た境地ではなく、執着してはならなず、放棄してもならない。(修行の方法)


花容月貌処処有、夜夜笙歌散不収。(三)
天堂招手不去睬、只顧当下我和她。

【書き下し文】

花容月貌、処々にあり。夜々の笙歌散じて収まらず。
天堂の手招きとりあわず、ただ当下に我と她を顧る。

【意訳】

至る所、どこでも心は勝れた状態にあり、どんなものを見ても生命力があり、すべては歌っている。内的な音楽が湧き上がり、内的な絵も浮かんできた。天界がどんなに良くても気にせず、心身と俗世界の煩悩を忘れて、内的な境地を味わっている。


纏綿滲湿潤、熱烈易沉睡,(四)
銷魂涙不出、瞬間鋳永恒。

【書き下し文】

纏綿として湿潤しみ、熱は烈く沉睡易し、
魂銷して涙出ず、瞬間に永恒を鋳る。

【意訳】

穏やかで、微細な方法で初めて源にたどり着ける。有形有相や粗末であれば、道から離れてしまう。禅定の喜びを得た人は顔に表すことなく、普通の人には見分け難い。このような体験の有る人はいつまでも、菩提心を無くすことはない。


背後水騰騰、檐頭浪涌涌。(五)
空中芦花搖曵、地上根杆一動不動。
宇宙鐘鼓斉奏、人間正是夢香。
嫦娥駕着明月、不分昼夜偸偸来幽会。

【書き下し文】

背後の水騰々とし、檐頭の浪涌々なり。
空中の芦花搖曵し、地上の根杆は一動も不動なり。
宇宙の鐘鼓ひとしく奏で、人間まさにこれ夢香なり。
嫦娥は明月を駕して、昼夜を分けずに偸々として幽会す。

【意訳】

背後には熱波が絶えず上がり、目前には光明が輝き続け、自性の虚空に光明が充満している。心身は禅定の調和円満の中にあり、宇宙に自然の音楽が充満しているが、俗世界の人々は今まさに眠っている。自性の光明は昼も夜も現れて、私と一体に溶け合っている。(修行中の状態)


到家無事蒙頭睡、途中緊趕防天黒;(六)
仏祖羅漢吾殺尽、慈悲観音亦未留。

【書き下し文】

家に到りて事なく、頭を蒙いて睡り、途中緊趕し天黒くれるを防ぎ。
仏祖羅漢を吾殺し尽せど、慈悲観音もまた未だ留めず。

【意訳】

自性の光明をすっかり修得したのち、初めて心身が休まる。わずかに光明だけを見たのならば、まだ途中に居るので、ここから出るにはやはり急いで修行しなければならず、雑念、無明の起こるのを防止しなければならない。(修行上の用心)